記念すべき初ブログです。
開業して、ちょうど1年半がたちました。
なんとこの1年半の早いこと。
もう開業したのが遠い昔のことのようです。

生きることに歓びを感じられる社会へ

これが私の会社のミッションです。
なぜ、このようなミッションにしたのか・・・

自分の体験によるものが大きいのだろうな、と思います。

|大切な人の死が教えてくれたこと

なぜか、私は子供の時から20歳代まで
身近な人の死を色々と体験してきました。
中学1年生で、同居していた祖母が自殺をしました。
あのときのことは今でも忘れられません。
そこから私は、人の命について本気で考え始めたようです。
命と言うより、『生きる』ということについて、
考えることが多くなったように思います。

何かを自分に背負ったのかもしれません。
ひとりで孤独に死を選ぶ人を
無くさなければならないと、
そのとき、私の中にひとつの使命が
うまれたのでしょう。

25の時に、最愛の母が2年半ほどの闘病の末に
亡くなります。

家庭に色々と問題があった我が家でしたから、
私にとって、母はすべての救いの源。
母がいたから、この家の中で過ごせていたような私でした。
ですから、母が亡くなったとき、光を失ったような気がしました。
そこから立ち直るのに、何年も何年も必要でした。

その後、小さいときから自分の娘のようにかわいがってくれた
母の妹である叔母が亡くなりました。
母が亡くなったときに、新潟から出てきて、何週間も
私たちの家に泊まって、色々とサポートしてくれるような人でした。

なんで、自分の周りから、
どんどん大切な人が亡くなっていくのだろう。

そんな気持ちに押しつぶされそうになっていました。

|残された私ができること

残された私に、何ができるのか。
人生100年時代というこの時代に、
その半分しか生きることなく亡くなっていた
母や叔母は、本当はもっと生きたかったはずなのです。

人の死が定められた運命だとしても、
その生き方は、自分が選べる。

だったら、私は、
死と向き合って生きてみよう。
そして、誰もが幸せに暮らせる社会をつくる。

裏を返せば、それは、
「誰もが幸せに満たされて死ぬことができる社会」でもある。

悲しみで死ぬのではなくて、
今まで良く生きた、幸せな人生だった、ありがとう。

そう言って死ぬことができる社会をつくりたい。
それが私が今、こうやって会社を立ち上げ、
自分なりに頑張っているゆえんなのです。

そんな思いで生まれた会社のサービスたちは、
幸せをつくることだけを考えて、生み出されたものたちです。

どんな思いで、サービスがつくられたのか・・・
またおいおいお話しできればと思います。