人の生まれながらの本質は「善」であるか「悪」であるか。
性善説、性悪説、という考え方があります。

性善説は中国の思想家「孟子」の説。
性悪性は同じく中国の思考家「荀子」の説。

誤った解釈で使われがちですが、
本来の意味は下記のようです。

■性善説:人は本来、善であり、努力次第で立派になり得る
■性悪説:人は本来弱く、善となるためには努力が必要である

つまりゴールは同じということです。

生まれながらに善人だから、怠け心など元々はない。
という意味ではないし、

生まれながらに悪人だから、ほっとくと悪い方向に流れる。
という意味でもありません。

いろんな解釈の仕方がありますが、
人を生まれながらに弱い存在とみるか否か
というところがポイントなのかな、と思います。

ここは、各々の考え方次第で良い側面だと思っています。
もそもと思想的な話ですから、答えなどありません。

その上で
私は、こう考えたいなと思うのです。

「人はそれぞれに素晴らしい唯一無二の才能をもって生まれてくる」

生まれたての赤ちゃんをみると誰もが微笑みたくなります。
それは、純粋に、その赤ちゃんの中に「人の可能性や愛おしさ」
感じるからではないのかな、と思うのです。
弱く壊れそうなガラス、というより、未来への希望や明るさを
私たちにもたらしてくれます。
実際には、食事も排泄もすべてのサポートがないと何もできないくらいの
弱さを持っているにもかかわらず。

そんな命の始まりを思うとき、
人は可能性に満ちあふれている。

そんなふうに感じるのです。

それがなぜ、いじめ・ハラスメントなどの
不道徳な行為に発展してしまうのか・・・

もし人が生きていく過程の中で
そうならざるを得ない何かがあるとしたら、

それは、

「環境」

ではないでしょうか?
環境は人を変えてしまう。

例えば、戦争などは
その最たる例だと思います。

環境について、
次回はもう少し深掘りしたいなと思います。